最高裁判所第三小法廷 平成4年(オ)67号 判決 1992年9月22日
主文
原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。
前項の部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人西尾文秀の上告理由について
原審は、(一) 丙山良子は、入院加療中の昭和六二年三月初めころ、同人名義の預貯金通帳、印章及び右預貯金通帳から引き出した金員を上告人に交付して、丙山の入院中の諸費用の病院への支払、同人の死後の葬式を含む法要の施行とその費用の支払、同人が入院中に世話になつた家政婦の丁野テル子及び友人の戉山ミカ子に対する応分の謝礼金の支払を依頼する旨の契約を締結した、(二) 上告人は、丙山が同月二八日に死亡した後、右依頼の趣旨に沿つて、病院関連費、葬儀関連費及び四十九日の法要までを施行した費用並びに丁野及び戉山に対する各謝礼金を支払つた、との事実を認定した上で、丙山が上告人に対して右金員などの交付をしたのは、前記各費用などの支払を委任したものであり、そうすると委任者である丙山の死亡によつて右委任契約は終了した(民法六五三条)として、上告人は、丙山から受け取つていた預貯金通帳及び印章のほか、上告人が支払つた前記各費用などを控除した残金を、丙山の相続財産をすべて相続した被上告人に返還すべきであるとし、また、前記各費用などのうち上告人の戉山に対する謝礼金の支出は、被上告人の承諾を得ることなく上告人が独自の判断でしたものであるから不法行為となり、上告人は被上告人に対し同額の損害賠償責任を負うとした。
しかしながら、自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が丙山と上告人との間に成立したとの原審の認定は、当然に、委任者丙山の死亡によつても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨のものというべく、民法六五三条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れないところである。
しかるに、原判決が丙山の死後の事務処理の委任契約の成立を認定しながら、この契約が民法六五三条の規定により丙山の死亡と同時に当然に終了すべきものとしたのは、同条の解釈適用を誤り、ひいては理由そごの違法があるに帰し、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、右部分について、当事者間に成立した契約が、前記説示のような同条の法意の下において委任者の死亡によつて当然には終了することのない委任契約であるか、あるいは所論の負担付贈与契約であるかなどを含め、改めて、その法的性質につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上寿夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
《当事者》 <一部仮名>
上告人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 西尾文秀
被上告人 乙川シズ